アクセス Laboratory of Histopathology and Cytopathology Gunma University Graduate School of Health Sciences

病理とAIについておよび病理部門の臨床検査技師の未来

病理とAIについて
皆さんはArtificial intelligenceAI)について,どんな感想をお持ちでしょうか?

よくある質問に答える形で説明してみます。

Q1AIが発達すると,細胞検査士の仕事は不要になるのではないでしょうか?

A: いいえ。デジタル画像の情報では,画像上の全てのドット(ピクセルといいます)上において,色の三原色(赤青緑)やその色調の縦横の位置情報などの最低でも5次元の情報を数字情報として保持しています。

人工知能による学習は,その画像の各ピクセルの持っている高次元の情報を数学的な様々な公式で20-50回程度繰り返して変換してゆきます。これを折り畳むといいます。

この折り畳みによって高次元の情報をヒトが扱いやすい2次元にまで圧縮します。大切なのは「これらの過程で何も人体の構造や機能,細胞の特徴,病理学的な診断根拠などの医学的情報は用いない」ということです。単に数学的に単純化された情報について,「これは転移した症例,これは転移しなかった症例」などという情報を教え込んで(このことを学習と呼びます),「転移した症例の画像の特徴は何か?」などという検討をするものです。この学習をさせる時にこの像は胃癌,この像は大腸癌などと教えて行くと,AIはその学習内容をもとに未知の検体の病名を推定することもできます。

ただし,ここで要注意なのは,「AIは何の医学的根拠も画像学習の時には用いていない,単なる数学的な折りたたみで単純化された数値情報を根拠に未知の情報の推定をしている。」「未知の検体が学習させた内容以外のものであっても,学習した内容の範囲から結果を出そうとする。」ということです。

つまりAIは自分の知っているデータの中から,あたかも何でも知っているかのように推定してくるのです。しかも自信満々にです。「つまり,自信満々なのに間違えている。」ということがあり得るのです。

どうですか?ここまで知って,皆さんは自分の病理検体をAIに診断させたいですか?私は絶対に嫌です。アメリカの病理学会の声明では,病理診断へのAIの使用は不可能であると宣言しています。

Q2:では病理領域でAIは使われないのですか?

A:そんなことはありません。きわめて単純な色調の濃さの判断などは,これが全く染まっていない状態,これが薄い染まり,これが中間の染まり,これが濃い染まりという学習をさせておけば,その中のどれに未知の検体の染まりが当てはまるのかを言い当てることはAIの特技です。人は眠い時,疲れている時と頭がしゃっきりしている時で,同一の検体でも異なった判断をする可能性がありますし,同じ像でもヒトそれぞれでとらえ方が違いますので,このような単純作業はAIに任せることがかえって良いといえます。

したがって,今後病理の領域では,このような単純な色調評価や色面積の評価などの情報の数値化ができるようになり,病理領域からの情報発信は増えることが予想されます。

病理領域の臨床検査技師の未来について
Q1 病理領域の自動化が進むと,病理の臨床検査技師の仕事がとってかわられないでしょうか?

A:安心して病理部門の臨床検査技師の道に進んでください。病理で扱う検体は癌の病巣や病気の真っ只中にある病気の本体の部分(このことを病変部と呼びます。)です。例えば癌の場合,癌細胞だけではなく,リンパ球や組織球,線維芽細胞,血管内皮,平滑筋細胞など多種多様な細胞で構成されています。この病変部を遺伝子検索しても「癌細胞以外の細胞のデータが混在しているデータしか得られません。それを避けるためには,組織を酵素処理し,癌細胞だけに精製する必要があります。非常に手間がかかります。どんな病院でもできる訳ではありません。他方,病理の標本は形態的に癌と分かる細胞のみを検討することが可能で,全国のどの病院の検体でも解析は可能です。遺伝子検査は限られた機関による限られた症例になることが予想されますので,病理学的な手法を用いることが今後も多用されることが予想されます。
さて,今後病理は上で話したようにデジタル情報化が進みます。そうなると,癌の本体の解析が一気に進み,多くの情報を提供できるようになります。また,病理の検体は多彩です。一律に機械化することは困難を極めます。1ミリほどの検体から数十センチの検体まで多彩なので,簡単には機械化できないのです。
つまり今まで行ってきた臨床検査技師としての仕事は残ったまま,多種多様な解析用の検体作成も増えて行くことが考えられます。臨床検査領域の中でも「病気の本体」を取り扱う部署としての病理部門の役割が揺らぐことはありません。
(文責:齊尾 征直)



群馬大学大学院保健学研究科生体情報検査科学病理細胞診研究室

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